序文

日本語版監修者序文

Harrison's Principles of Internal Medicine (Harrison's PIM)第17版(McGraw-Hill, 2008年刊)の日本語訳『ハリソン内科学 第3版』をお届けします。Harrison's PIMは初版が1950年に出版されていますので,ほぼ60年間にわたって,内科学の標準的教科書として,世界の多くの国々で医療の質の維持・改善に貢献してきました。このことは,2008年現在,スペイン語やフランス語,ドイツ語,中国語など,17カ国語に翻訳されていることからも明らかです。

わが国で編纂・出版される医学教科書ではなかなか実現が難しいと思われるほど,Harrison's PIMの3~4年ごとの改訂版の内容の充実は著しく,加えて,1990年代後半以降の電子媒体での情報提供に大きな進歩がみられます。内容的には,このHarrison's PIM第17版は,全部で392の章から成っています。テーマが多い分野についてはそれらをセクションにまとめ,最終的には18のパートにまとめられています。今回は,新たに再生医療のパート(Part 4)が設けられ,各章で基礎医学の記述が充実し,疫学データもかなり世界的視野からの記述になっています。理解を助けるための図版が300枚増え,前版に比べて,20%近く増えたことになります。印刷媒体でのこのような充実に加えて,今回は付録のDVDに,39のeチャプター,1,500のイラストレーション(image bank),循環器と消化器分野のビデオとアニメーション(video bank),26の臨床トピックスの説明(Harrison's Practice─後述─からのサンプル)が収められています。書籍の392章に加え39のeチャプターを加えると,Harrison's PIM第17版は,実質的には431章から成っているということになります。

電子媒体での情報提供については,すでに約10年前から,web上,Harrison's Online(HOL)が利用できるようになっています。このことにより,3~4年ごとの改訂を待つことなく,新たな知見に基づいて内容がアップデートされ,重要な文献にはリンクが張られ,ポッドキャスト(画像データや音声データをアップロードしたもの)を用いることで世界的に有名な医師によるヴィヴィッドな講義の視聴さえ可能となっています。2006年には,Harrison's Practice of Medicine(HP)の提供が開始されました。これにより,臨床的に直面する頻度の高い700以上ものトピックスの最新情報に短時間でアクセスでき,医薬品の包括的な情報も得られるようになりました。付録のDVDには,このHPから26のトピックスがサンプルとして収められています。

このように内容が充実し,使い勝手も電子媒体の導入によって格段に改良されつつあるHarrison's PIMは,まさに21世紀の新しい医学を支える医師の要請に十分応えるtextbookであり,reference sourceであるといえます。

医学だけでなく,あらゆる分野でグローバリゼーションは避けて通れないこの時期に,つまり多くの医療者にとって英語に熟達する必要性がますます高まるなかで,私たちがあえてHarrison's PIMの日本語への翻訳に賛同した理由を,もう一度確認しておきたいと思います。「EBMが医療の基本的パラダイムとなりつつある現在,Harrison's PIMに代表される標準的教科書の価値はもはや失われたのではないか,との考えも巷にはある。しかし,ITの発展普及によって,情報が溢れているからこそ,溢れる情報の中から最も真実を反映している可能性の高い情報を選択する能力は,すべての医師に必須である。そのような能力は,Harrison's PIMのような体系だった医学教科書と,臨床疫学・統計学の基礎的な教科書をじっくり読み込み,それらの知識がコンピュータのOSのように活用されることで身につく。したがって,EBMの時代であるからこそ,Harrison's PIMの普及が求められている」(『ハリソン内科学』初版 監修者序文)。

今回の翻訳も,パートごとの監訳をそれぞれの専門分野に造詣の深い先生方にお願いしました。各パートないしセクションは,それぞれの専門分野の(ミニ)教科書として用いられるほどの量と質を備えているためであります。各章の翻訳に当たっていただいた先生方はもとより,各パートの監訳者の先生方にも多大な貢献を賜りました。心から感謝申し上げます。

Harrison's PIMの翻訳は,わが国における医学書の翻訳の歴史上,翻訳文章量・労力・コスト,そのどれをとっても最大の事業ではないかと思います。しかも,版を重ねるごとに内容量が増え続けていますので,(株)メディカル・サイエンス・インターナショナルにとっても予期した以上に大きな負担になっていることと思われます。それにもかかわらず,若松社長以下,担当スタッフの皆さんの見事なチームワークと情熱により,比較的短期間で出版に至ったことに,心から感謝申し上げます。

『ハリソン内科学』が,21世紀のわが国の医学・医療の質を向上するうえで貢献し続けられるよう,今後とも版を重ねることを願って止みません。

2009年9月

聖路加国際病院 院長
京都大学 名誉教授
福井 次矢

医学で習うことは極めて多いが,それぞれの学科には「標準」とされる教科書が1つ2つある。この国際化時代では,そのほとんどが外国のもの,特に米国のものであることが多い。なぜか?

1つには私が繰り返し言うように,米国では医師になるいくつものステップに必ず「混ざる」プロセスがあり,そのような場を通じて「プロ」の医師をつくってきたからであり,教員になっても米国全土にわたって研究ばかりでなく,講演,回診等の交流が日常的に行われる。つまり広い「他流試合」が盛んであることがある。したがってだれがどの程度の教育者,研究者であるかや,人柄などが360度で評判が共有され,評価されている。一方,学生,研修医,若い医師たちも多くの外部の教員に接することによって,どのような先生がすばらしい臨床の教育者であり,研究者であるかを感じとり,自分の職業上の進路を決定する際にかなりの影響を受ける。自分の進路を決めるための「お手本」が多いのである。どのような医師が自分の「ロールモデル」,「目標」なのかを感じとれる機会が多い。海外で臨床経験を積んで帰国した人が日本をみると,閉ざされた「タテの閉鎖社会」であることがしみじみと実感されるだろう。広く多くの「医師」に出会う機会が少なく,自分たちの仲間だけでの「タテ組織」の競争という,狭い閉ざされた社会だからだ。どうしても独り善がりになりがちである。

医学はたえず進歩している。一方で日常の診療での課題は多い。何が新しい,しかも意味のある進歩なのかを見つめ,判断する能力はどこからくるのか。それには何事でも同じだが,「基本」である。医学,医療を「大きな木」とすれば,この基本的能力,知識は「木」の「根」であり「幹」である。この「基本」がしっかりできていればこそ,「枝」が成長し,「葉」が茂り,「花」も「実」もなるのである。新しい「枝」や「葉」が例えばNew England Journal of MedicineやLancetに発表されても,その成果が木全体のどのような位置にあり,どのような意味をもつかが,たちどころに理解されるのである。つまり,「木を見て森を見ない」とか,「花ばかりにとらわれて全体を見渡せない」という状態に陥らずにすむのである。

それではこのような医学,医療の「根」や「幹」をどのようにして作り上げていくのか。その役割を担っているのが「Harrison」なのではあるまいか。必要なことはすべて書いてあり,しかも無駄がない。患者さんを診たときに,まず読んでみる。欧米でもいくつもの「標準」とされる「内科教科書」が出版されてきたが,結局は今のところ「Harrison」が一人勝ちに近いような様相であるともいえるし,当分このような状態が続きそうである。これは,編者たちの並々ならぬ努力,そして自分の書いたものが広く,しかも厳しく評価されていることを著者たちが十分に意識していること,この緊張感と職業意識とプライドの所以であろう。この編者,著者,読者の間に,目には見えないがピーンと張り詰めた緊張感を感じ取れる人は少ないかもしれないが,実際に著者に招かれたときの緊張は十分に想像できる。わたし自身も,例えば発行部数ではもっと多い,しかも毎年改訂される内科領域では評判のTierneyらの『Current Medical Diagnosis and Treatment』に10年ほど参加させてもらっているし,その他のアメリカの教科書にも執筆しているが,広く世界の「仲間」や知らない人たちに読まれていると想像するだけでも,日本語の教科書に書くのとはまったく違った緊張感があふれてくる。自分の評価が瞬く間に世界中に広がってしまうからである。

「グローバル」時代を迎えても,日本の大学生はなかなか英語の教科書を読みたがらないと言われる。本当だろうか。どうも本当らしい。中学,高校と英語は必須で,しかも大学入試でも英語の試験を受けているはずである。そして医学部入学者の入学試験の偏差値という指標で測定する「学力」は他の学部に比べて「高い」と噂される。それでもこの現状である。せめて医学生には「Harrison」を,と思ってもなかなか飛び込みにくいのかもしれない。そこで,福井先生らと語らって邦訳を出すことを考えた。せめて,まず日本語でも読んでもらうことから始めようという趣旨である。基本となる「根」や「幹」は,それほどに急速には変化しないからである。これを基本にして,次には患者さんを診た時などに是非「Harrison」を英語でも読んでみるとよいであろうし,また日本の「標準的教科書」とも比べてもらいたい。さらに興味を持ったならば,是非米英国をはじめとした海外に出て各地の臨床も経験してほしい。教科書だけでなく実際の現場を通して,外国のレベルがどの程度のものなのか,日本と比べて何が違うのか,肌で感じることも重要である。そして,疑問が湧いたとき,患者さんを診たとき,いつでも「Harrison」に立ち戻り,目を通してみる。そしてまたその学びを臨床に生かす。これを繰り返すこと。「Harrison」の第1章はいつ読んでも医師であることの意味を繰り返し考えさせられるし,医療を囲む社会状況への考察もすばらしい。「Harrison」はすべての医師にとって,「医師」であることへの基本である「根」と「幹」をつくってくれるのである。だからこそ,特に医学生にお奨めなのである。このしっかりした「基本」の上に枝を張り,葉を広げ,花を咲かせ,果実を実らせてほしい。

ところで成長の著しいアジアの諸国はどうか。元来,英米でトレーニングを受けた人たちも多く,中韓両国でも教授陣をはじめ英語で日常的に話す人も急激に増えている。Singapore, Malaysiaは言うまでもない。グローバル時代がさらに進む21世紀,医学ばかりでない,大学も,社会も,今のままでは,日本は本当に鎖国に戻りそうな気配であることは気がかりだ。せめて皆さんがハリソンに親しんで欲しい,できれば英語版も開いて見よう。

福井先生,邦訳に参加してくれた多くの人たち,そして出版に力を貸してくれた多くの方々に心から感謝する。

2009年9月

政策研究大学院大学 教授
東京大学 名誉教授
黒川 清

ハリソン内科学 第3版 学生時代に必ず通読すべき教科書であり、臨床研修では首っ引きのリファレンス そして、医師としての生涯の座右書として最良の教科書 />
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