ハリソン物語

訳者あとがき

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この冊子は,米国で『ハリソン内科学』の累計販売部数が100 万部を達成した記念に1987 年に作成された『Harrison's PRINCIPLES OF INTERNAL MEDICINE 1950-1987』の全訳である。

全体は2 部構成になっていて,第1 部は『ハリソン内科学』の初版から第11 版までの裏話を歴代の編集主幹たちが語り,第2 部はその他の初期の編者たちが「ハリソン組」についての個人的な思い出を語るというかたちになっている。この冊子は,もともと事情に通じた関係者に配布するために作成されているので,部外者であるわれわれには理解しにくい点も多い。おまけに,各文章の執筆年代も,執筆スタイルもばらばらで,事実やその評価についても矛盾がある(例えば,『ハリソン内科学』初版のできばえについて,Harrison とAdams は全然違う評価をしている)。

訳者は,こうした点にひどく困惑しながら作業を進めていたのだが,すべての訳が終わった今,強烈で魅力的な個性をもっていた初代「ハリソン組」の面々と,彼らがつくりあげた一つの豊かな世界とが,自分の心に確かに息づきはじめたことを感じている。人々が『ハリソン内科学』について語る際にしばしば登場する「全体は部分の和よりも大きい」という格言は,どうやらこの冊子にも当てはまるようである。

その死から四半世紀を経てもなお内科学テキストにその名を残しているTinsley Harrison とはどんな人物であったのか? 曲者揃いの「ハリソン組」の中でひときわ異彩を放っている編者WilliamResnik とは何者か? Max Wintrobe は,いかにして初代「ハリソン組」の引退後の『ハリソン内科学』を支え,次の世代に引き渡したのか? 答えはすべて,無数の小さなエピソードの中に隠されている。読者諸氏には,是非ともこの謎解きを楽しんでいただきたい。

第1 部の終わり近くになってようやく名前が出てくるEugene Braunwald とAntony Fauci は,第15 版でも健在である。21 世紀の「ハリソン組」を率いる彼らがどんな本を届けてくれるのか,目が離せないところである。

訳者プロフィール

小沢 元彦(おざわもとひこ)
翻訳家。東京大学理学部物理学科卒。おもな訳書に、『遺伝子を操作する』,『ラビリンス』,『生命の持ち時間は決まっているのか』(以上,すべて三交社刊)がある。