近刊・改訂情報

外来診療の型 同じ主訴には同じ診断アプローチ!

2020年6月下旬発売予定!定価:本体4,500円+税

〔序文〕

私が好きな日本酒に『澤屋まつもと』という京都の銘柄がある。ラベルには「守破離」の文字が刻まれており,これは進化のプロセスを「守」(教わった型を守る),「破」(より良い型を創造し既存の型を破る),「離」(型から離れて自由自在に扱える)の3段階で表したものだ。松尾芭蕉も「型を守るだけでは不十分,型を学ばないのは邪道,型を身につけ発展させることで初めて会得できる(※)」と述べており,これは技能習得における一つの真理と言える。
 守破離の視点で外来診療を眺めてみると,型を学べる環境が乏しいように思う。入院診療では複数の医師で回診して所見や考え方を共有・学習できるが,外来は不安を抱えながら一人で対応し,疑問点を相談する程度である。すると外来特有の演繹法的推論(仮説に基づく臨床情報の積極的収集)の習得は難しく,身体診察や検査で異常所見を認めなければ医師・患者ともに不満の残る邪道な外来になりやすい。こういった状況の中で千葉大学医学部附属病院総合診療科では,初診医が診断とその根拠を添えて指導医にプレゼンテーションし,フィードバックを受けてから指導医の診察を見学するという画期的な外来研修システムが確立されていた。さらに日本全国(ときに海外)から診断困難症例が集積するため,生坂政臣教授が「離」の問診で次々と診断してゆく姿を目の当たりにして,あるいは毎週の教育的症例カンファレンスを通じて,問題解決に必要な型を一つ一つ学習することができた。ロールモデルと教育システムの重要性は明らかである。
 2020年度から臨床研修医の外来研修が必修化され,教育体制を整えようとする動きが見える。しかし,上記のようなシステムは人材不足,指導医の過剰労働,診療報酬制度を考えれば現実的ではない。特に市中病院では教育に割ける時間が限られるため,ポイントを絞ったフィードバックが当面の目標であろう。これまで外来診療教育に携わった結果,初学者の悩みは「何を聞いたら良いかわからない」が最多であった。さらに,指導医の立場では研修者が最低限の初期評価を済ませていれば一歩進んだ内容を教示できるため,遭遇頻度の高い主訴ごとに問診・身体診察・検査の基本型を用意したのが本書である。個別性の高い外来診療において無謀な挑戦であるが,時間的制約も考慮して最低限の問診と身体診察に絞り,検査を終えたときには大方の鑑別が網羅できている内容を目指した。また,想起した疾患の中から一つの診断に絞り込むには所見の適切な解釈を要するため,総論でその概要を述べ,各論は汎用性のある例題で具体的な思考過程を示す形式にした。外来診療に携わる先生方の「型」形成に少しでも貢献できたら幸甚の至りである。

(※)「格に入りて格を出でざる時は狭く,格に入らざる時は邪路に走る。格に入り,格を出でて初めて自在を得べし。」の筆者意訳。松尾芭蕉の言葉とされている。

【本書の特徴】総論と各論の二部構成である。

◯総論
●診断学の概要と実践的考え方・トレーニング方法を提示
 本書では疾患想起を補助する問診・身体診察・検査の型を提示している。しかし,その根源にある理論と方法論を理解していないと臨床情報の有効活用は難しい。脳科学と認知心理学にも触れつつ,実用性を重視して具体例を盛り込んで解説したので,最初に目を通していただきたい。

◯各論
●主訴ごとに原因臓器・病態の全体像を図示
 時間制限の厳しい外来診療で重要なのは,主訴に対する"着地点"を初めから予測しておくことだ。全体像が描けなければ診療の方向性が定まらず,見逃しの不安がつきまとい,予想外の所見に翻弄されやすい。鑑別診断を羅列した表は実臨床での利用が難しいため,出来るだけ図を用いて臓器や病態をイメージしやすいように工夫した。また,遭遇頻度の高い原因や緊急性の高い原因は色を変えて強調し,遭遇頻度の低い原因は別途記載する様式とした。

●診断のポイントを提示
 疾患を絞る鍵となる所見を「診断のポイント」で解説し,例題も本アプローチ法に準じて話を進めた。よって,総論で触れたように問診票(バイタルサインを含む)から考察できる内容は豊富であるが,個別性よりも汎用性のある思考過程を重視して,問診票の項目とそれに対するコメントは最低限の内容とした。

●主訴に対して問診・身体診察・検査の基本型を用意
 本書最大の特徴であり,同じ主訴には同じ方法でアプローチする。初期評価項目は厳選し,各所見から想起する疾患を付記した。診断に最も貢献する問診は守備範囲が広いため,常に同じスタンスをとれるようOPQRST(O:発症様式,P:増悪/寛解因子,Q:性状,R:関連症状,S:強さ・重症度/部位,T:経過)に分類して表記した。診療しながら想起できる疾患数には限界があるため,肝障害や腎障害のように一般検査で特定できる原因については問診・身体診察で極力触れないように努めた。検査項目は想起疾患によらず「強く推奨するもの」,「スクリーニングとして確認してもよいもの」,「ある疾患を疑う場合に推奨するもの」に分けして示した。さらに,検査オーダー画面に見立てて表示することで,一般検査項目は常に同じ位置で確認できるようにした。なお,実臨床では本書が扱わない多様な主訴に出くわすが,すべてに型を用意する必要はない。ある主訴への対応法を身につければ,無意識に理解の仕方まで学習しているからだ1)。つまり,同じ手法で多数の症例を経験すると共通した解決法を見出し(汎化),未知の問題解決に向けた思考の基盤が形成される。これを意識的に行うのが分析であり,無意識的に現れるのが熟練医の「勘」といえる。

●診療の流れを指導医と研修医の対話形式で例示
 主訴への対応法に主眼を置くと抽象的になり,具体的症例を中心にすると汎用性を損なってしまう。そこで診断プロセスを解説した後に例題を用意し,疑問点や間違いやすいポイントを指導医と研修医の対話で解説した。例題は遭遇頻度の高い疾患だけでなく,経験していないと診断困難な疾患,および診断過程で多数の鑑別診断が考察できる症例を中心に選択した。いずれも実際の症例をもとに,学習ポイントが明確になるよう(主に余分な情報を省略し)アレンジして提示している。なお,例題はロールプレイングゲームに参加したつもりで読んでいただきたい。実際の診療中と考えると緊急性のある場面で解説が長い,深刻な疾患を前に軽口を叩くなど,倫理的な問題が気になってしまう。

【本書の使い方】
◯まずは総論に目を通し,次いで各論の興味ある章を通読
 臨床推論には基本原則があるので,まずは総論に目を通していただきたい。次いで各論に移り,全体像と診断のポイントを確認してから例題で疑似診療を体験する。このとき,俯瞰した立ち位置を意識すると効果的だ(フォルダ式思考法:総論参照)。つまり,問題点を明確にしているのか,疾患を想起する段階なのか,想起した疾患の確定・除外をしているのか常に確認しながら診療することで,能動的かつ目的に即した情報収集を実践できる。なお,「遭遇頻度の低い原因」は読み飛ばしても支障ない。実臨床で診断困難例に出会ったときに参照すれば十分である。

◯表記方法に関して
・取り消し線:その例題では確認不要な型に取り消し線をつけた(例:腰背部痛の型において,腰痛が主訴なら頸椎症関連の所見は確認不要)
・血液検査の結果:異常所見の有無を捉えやすくするため,選択項目で基準値内の結果は空欄で表した。
・例題の難易度は最後に表記:実臨床では対峙している患者の診断が易しいのか,難しいのか,common diseaseなのか,uncommon diseaseなのかを悩みながら診察するはずである。よって,本書では難易度表記は冒頭ではなく末尾に付記している。また,考えるべき順序に従い(総論参照),commonのcommon(易,難),commonのuncommon(易,難),uncommon(易,難)の6段階で示した。
・重要部分は太字,疾患名は下線で表記:理解を深めるために対話形式をとったが,それによって冗長さを招いた部分もある。よって,書面にリズムをつけ,重要事項の拾い読みができるように太字表記を入れた。また,想起疾患を明示するため,疾患名は下線で表記した。

◯電子カルテならセット登録を推奨
 実際に外来診療に臨むと,初めは所見を取り忘れることが多いはずだ。しかし診察中に本を開くと患者を不安にするため,主訴毎にカルテ記載と検査オーダーをセット登録しておき,それを元に調整すると良い。フォーマットを見ながらの診療に抵抗を感じるかもしれないが,造影剤の説明文書を繰り返し患者に読み上げることで副作用やその頻度を自然と覚えてしまうように,型を定着させるには有効な方法だと考える。また,人の意識は有限であるため2),カルテ記載や記憶を掘り出す負荷を軽減することで,情報収集とアセスメントに集中できる。ただし,質問紙を用意して予め患者に記載させる方法は,初学者には推奨しない。確認すべき所見を覚えられないだけでなく,相手の理解度に応じた表現を使う,回答の様子から真意を読み取るなど適切な質問方法とその解釈を学ぶ訓練ができないからだ。その他にも,本人が述べていない症状を医師が言い当てると途端に信頼感が増して診療がスムーズになるという効能がある。『臨床医のための医療AI概論』3)に詳しいように,(残念ながら人工知能が診断と治療を担うことはないため)便利な機能は積極的に取り入れて診療技能の向上と業務の効率化に役立てたい。

参考文献
1.池谷 裕二. 受験脳の作り方―脳科学で考える効率的学習法. 東京: 新潮文庫, 232-58.
2. クリストファー・チャブリス, ダニエル・シモンズ著. 木村 博江訳. 錯覚の科学. 東京: 文春文庫:13-72.
3.山田 朋英,谷田部 卓. 臨床医のための医療AI概論. 東京: 日経メディカル開発, 2019.

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