序文

原著序文

『ハリソン内科学』第19 版を上梓できることを編者一同,嬉しく思う。65年ほど前に初版が発行されて以来,医学や医学教育に関するあらゆる分野は大きな発展を遂げており,新たな分野も数多く台頭している。

初版発行時からの目標を保ちつつ,第19 版では読者のさまざまな要望に応えるべく,情報源として現在汎用されているさまざまな媒体やフォーマットに対応する形で,大幅な修正を加えた。世界の動向として,医学教育への関心は伝統的な構造的・機能的・疾患別アプローチから,しばしば症例にもとづいた統合的アプローチへと移りつつある。新しい統合的アプローチにおいて,基礎研究や疫学研究は臨床での診断や疾患の管理ととりわけ密接にかかわってくる。このため,記述の多くについて,最新の教育現場や臨床現場を念頭におきながら,アップデートや変更を加えた。

第19 版では,臨床医学における古典的な病態生理について徹底的にアップデートしている。また,疾患を管理するうえで利用できる最先端の手法やツール,および患者を取り巻く最新の治療環境を考慮した効果的な症状の評価方法について詳述している。さらに,写真,画像所見,図,アトラス,患者ケアのアルゴリズム,表,そしてより現実的な治療に即した実演ビデオを本文の補足として収載している。

今版では,できるかぎり実践的な形式にしたいという願いのもと,参照項目については新たなシステムを採用した。旧版では,広範囲に及ぶ内容の推奨文献を厳選した形で冊子体に収載していたが,今版では新たにより詳細な書誌リストをオンライン版に収載し,それぞれの論文について実臨床とのかかわりをサマリーとしてまとめてある。

また,改訂にあたり,よりアクセス性にすぐれ柔軟性の高い用途が可能となるよう,工夫をこらした。冊子体は2 巻からなるが,第1 巻では医学の基本原理や主要症候の理解や評価に着目し,第2巻では各疾患を臓器別にまとめてある。このように実用性に富む分冊にしたことで,臨床医学の基礎を学ぶ医学生だけでなく,特定の疾患の発症機序や患者のケアに関する最先端の知識をさらに得たい臨床家にも有用となることだろう。電子媒体については,本書の電子版は現在,複数のプラットフォームに対応している。例えば,タブレット型端末やスマートフォン向けに開発されたアプリでは,マルチメディアコンテンツを高解像度かつインタラクティブな形で提供している。また,本書の電子版は常時アップデートされたオンライン版でも利用できる。いずれの場合でも,ビデオやアトラス同様,e チャプターの閲覧が可能である。ほかにも,関連書籍として,原著第19 版完全準拠の問題集『Harrison's Self-Assessment and BoardReview』や,本書のポケット版『Harrison's Manual of Medicine』が利用できる。同シリーズとして今後,症例集の発行も予定されており,おもな症候の鑑別診断の考え方に重点がおかれている。

1949 年の初版発行以来,医学はめざましい発展を遂げてきた。当時,消化性潰瘍はストレスが原因で生じ,腫瘍は切除されなかった場合はほぼ例外なく死に至ると考えられていた。リウマチ性心疾患が広く流布し,B 型肝炎やHIV 感染症はその存在自体,まだ知られていなかった。その後,消化性潰瘍の原因として,感染原因と治療法が同定された。診断や治療の進歩により,癌患者の3 分の2は治癒できるようになった。リウマチ性心疾患に至っては事実上消滅した。アテローム性動脈硬化症は増加したが,その後,少なくとも補正可能なリスク因子の管理を通じて減少に転じつつある。B型肝炎と,その結果として生じる肝硬変や肝細胞癌は,ワクチン接種により予防できるようになった。HIV は世界中を巻き込んだ壊滅的な病であると当初みなされていたが,いまでは治療可能な慢性疾患である。なかでも,新興・再興感染症が研究や臨床現場に大きな課題をもたらしてきた一方で,マイクロバイオームなどの組織全体にまたがる概念の登場により,かつては不可能だった方法によって,健康状態や疾患を理解し管理することができるようになった。

今回の改訂で特筆すべきは,HIV/AIDS に関して大幅なアップデートを行っている点にある。この章では,実臨床での視点に加え,発症機序に対する包括的かつ分析的なアプローチを提供している。また,治療に関する最新のプロトコルを網羅し,予防法の組み合わせによって生じてくる問題についても述べてある。これにより,最新かつ包括的なHIV 感染症に関する学術的論文となっている。

同様に,いくつかの章では,免疫疾患とその治療に関する研究の急速な進歩が反映されている。この点をふまえると,第372e 章「免疫系序論」は免疫学の概説書として,免疫学コースで利用できる。加えて,IgG4 関連疾患を扱った新規章(第391e 章)では,重要かつ新たに発見された疾患概念のパラダイムシフトについてまとめてある。

また,読者の皆さんは,今版では神経変性疾患に関する記載が充実したことにお気づきいただけるだろう。具体的には,分類や管理の進歩に着目し,この疾患の原因となる病原性蛋白凝集体の沈着や広がりに関する新たな知見について概説している。慢性肝炎に関する章(第362 章)では,C 型肝炎ウイルス感染症の治療薬として,直接作用型抗ウイルス薬の使用に関するめざましい発見について詳細に論じている。これらの薬物は,今日の医学の治療法の進歩において最も期待できるものの1つである。

さらに,遺伝学の知見を医学に応用する試みが急速に進んでおり,今版でも多くの章で扱った。例えば,「ゲノミクスと感染症」の章(第146 章)を新設し,ヒトマイクロバイオーム(第86e 章)や染色体および遺伝子異常に伴う疾患に関する章を大幅にアップデートした。そのほかの新規章では,近年注目されるテーマとして気候変動が疾患に与える影響(第151e 章)や,外国の戦地から米国に帰国した帰還兵の感染症(第152e 章),避妊や不妊治療の進歩などについて取り上げている。また,近年関心が高まっているテーマとして,加齢が健康と病気に与える影響については,今版では新たな執筆者陣を迎えた「老化の生物学」(第94e 章)を含む複数の章で扱っている。
男性医学に関する新規章は,女性医学に関する章の内容と相補関係にある(第6e,7e 章)。このほか,新規章のテーマとして,新たに出現した組織工学分野や,昏睡状態の患者の評価,心不全の管理,蠕虫の主な特徴や蠕虫感染症,特定の心臓弁膜障害,四肢の静脈やリンパ系の疾患,腎血管性疾患,晩期合併症(糖尿病,慢性骨髄性白血病,心疾患,疲労,自己免疫性多腺性内分泌不全症,非アルコール性脂肪肝や非アルコール性脂肪肝炎など)なども扱っている。

第19版では,疾患や患者のケアに関する内容の充実やアップデートを目的に,睡眠関連疾患(睡眠障害),組織工学,心臓の非侵襲的な画像検査,昏睡状態の患者の評価,重症筋無力症,神経筋接合部に関するその他の疾患を扱ったビデオが新たに加えられた。また,アトラスとしても,非侵襲的画像検査,経皮的血管形成術,消化管内視鏡の内容が追加されている。

本書の制作にご尽力いただいた多くの方々に感謝の意を表したい。
まずはじめに,各章の執筆者はすばらしい仕事をしてくださった。科学や臨床の膨大なデータを統合して,内科学を取り巻く医学的疾患の最先端の知見にもとづき,十分に信頼に足る章を執筆いただいた。情報があふれ,急速に変化する今日の社会において,今版に記載された情報が最新のものであることは各執筆者が保証してくれる。多くの同僚からも,貴重な示唆や重要な助言を得ることができた。
特に,消化管の異常のセクションにおけるChung Owyang の助言は特筆に値する。編集室の同僚たちにも深く感謝したい。彼らはさまざまな段階にある作業の進捗状況をたえず管理し,執筆者やMcGraw-Hill Education の編集スタッフと,われわれ編者とのコミュニケーションが円滑に進むよう尽力してくれた。PatriciaConrad,Patricia L. Duffey,Gregory K. Folkers,Julie B. McCoy,Elizabeth Robbins,Anita Rodriguez,Stephanie Tribuna に御礼を言いたい。

また,McGraw-Hill Education のスタッフは,たえずわれわれを支え,専門的な助言を与えてくれた。McGraw-Hill Education の専門書出版部のAssociate Publisher であるJames Shanahan は,優秀かつ洞察力に富んだパートナーとしてわれわれを支えてくれ,本書の制作ならびに新たなフォーマットによる関連の制作物がかたちになるよう導いてくれた。Kim Davis は編集次長として,これほどまでに執筆者の多い本書の,複雑な制作過程が円滑かつ効率良く進むよう尽力してくれた。Dominik Pucek は,新たな手技を扱ったビデオ制作を監督し,Priscilla Beer は広範囲に及ぶDVD コンテンツの制作を専門的にとりまとめてくれた。Jeffrey Herzich は第19版の制作統括者として敏腕を振るってくれた。

われわれにとって本書第19版を作成できたことは名誉なことであり,本書が読者の皆さんに大きく役立つことを考えると心躍る思いがする。われわれは本書の編集過程で多くのことを学んだ。読者にとってこの第19版が比肩するものがないほどの価値のある教育資源となるよう編者一同願っている。

編者一同

ハリソン内科学 第5版