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症例検討
術中大量出血
日本麻酔科学会が実施している麻酔関連偶発症例調査の集計結果をみるまでもなく,術中大量出血による死亡事故は,もはや社会問題化している。手術関係の事故報道において,出血が占める割合は多い。起訴されるのは術者・担当医がほとんどであるが,その責任の所在をめぐって術者・担当医と麻酔科医が争う事態も発生している。近年,異常死に関する議論が盛んであるが,手術出血による患者死亡もその後の対処が問題となる。厚生労働省は医療関連死を第三者機関において評価する方策を立案し,モデル事業として開始している。最近,その評価の具体例が初めて公表された。肝切除術中の大量出血で死亡した症例に関して,「早期からの十分な輸血,輸液と積極的な昇圧剤使用などの対応で救命可能であった可能性が高い」と判断し,「手術や麻酔管理に問題があった」と指摘した。これは,院内の内部調査で「問題はない」と結論された症例に対する評価である。
手術室において大量出血が発生した場合でも,麻酔科医の迅速かつ適切な対応によって循環の破綻をきたすことなく予定の手術を遂行できたという症例がほとんどを占めているものと想像される。しかし,一方では不幸な転帰を辿る症例が存在するのも事実である。この間,出血が危機的状況にまで拡大するには,様々なヒューマンファクタが複合的に関与しているものと考えられる。このような危機的出血に対応するためには,外科系医師と麻酔科医のみではなく,手術室の看護師や臨床工学技士,輸血管理部門,さらには事務方の連携が必須である。さらに,血液センターと各施設間の連携も不可欠である。したがって,手術が原因となる出血死を回避するための取り組みの成否は,その施設において真の意味でのチーム医療が行なわれているか否か,体系的な対応が可能な成熟した組織であるか否かを占う試金石となる。
本症例検討の目的は,
・出血に対する輸液・輸血管理を含めた全身管理に関する再チェックの参考資料を提供する
・麻酔科医が手術室におけるコンダクターであることを再認識する
・各施設における組織的な対応を麻酔科医がリードする参考資料を提供する
の三つである。術中大量出血による死亡事故の撲滅を願うものである。
九州大学大学院医学研究院 麻酔・蘇生 入田 和男