精神疾患の神経科学

  • 未刊

2026年6月中旬発売予定!



精神疾患に神経科学の視点から光を当てる

合言葉は“neuroscience-based medicine”




精神疾患の理解には脳機能や神経系への理解が不可欠であり、近年は精神科医にも神経科学的視点が強く求められている。本書では、精神症状の背景にある脳機能、発達過程、環境との相互作用を踏まえ、日常の精神科医療において必要な情報に重点を置き、精神疾患に関わる神経科学的知見を体系的に整理する。『ストール精神薬理学エセンシャルズ』の著者Dr.Stahlも執筆陣に加わる。精神科医をはじめ、神経科学を臨床に取り入れたい医師や研究者に有用。

¥14,850 税込
原著タイトル
Cambridge Textbook of Neuroscience for Psychiatrists
原著者
Mary-Ellen Lynall・ Peter B. Jones・ Stephen M. Stahl
監訳:髙橋英彦(東京科学大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学 主任教授/東京科学大学国際医工共創研究院 脳統合機能研究センター センター長)
ISBN
978-4-8157-3150-2
判型/ページ数/図・写真
B5 頁560 図175 4色
刊行年月
2026年6月
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第1 章 細胞
 1.1 ニューロン
 1.2 ニューロン,シナプス,受容体の生理学
 1.3 単一ニューロンおよび回路内でのその組み合わせのモデル化
 1.4 グリア細胞
第2 章 神経伝達物質と受容体
 2.1 化学シナプス
 2.2 受容体の分類:代謝型とイオンチャネル型
 2.3 神経細胞受容体と薬物標的
 2.4 主要な神経伝達物質経路の基礎薬理学
 2.5 神経ペプチド
 2.6 遺伝子関連研究と神経伝達物質経路
 2.7 オピオイドと乱用薬物
第3 章 神経科学の基礎的な研究手法
 3.1 脳からの記録
 3.2 脳機能への摂動
 3.3 精神疾患の動物モデル
 3.4 データ解析とコンピューターモデリング
 3.5 機能的神経画像研究と結合性
第4 章 神経解剖学
 4.1 神経解剖学の基礎
 4.2 大脳基底核
 4.3 側頭葉
 4.4 前頭葉
 4.5 白質路
 4.6 上行性神経伝達物質系
第5 章 神経回路
 5.1 食欲
 5.2 睡眠
 5.3 性と性ホルモン
 5.4 暴力と攻撃
 5.5 侵害受容と痛み
 5.6 運動系と運動障害
 5.7 学習の計算モデル
 5.8 習慣形成
 5.9 報酬,快楽,動機づけ(モチベーション)
 5.10 感情
 5.11 知覚
 5.12 注意
 5.13 アパシー,アンヘドニア,倦怠感
 5.14 記憶
 5.15 前頭葉の実行機能
 5.16 共感と心の理論
 5.17 言語
 5.18 脳ネットワークと機能的結合異常
第6 章 神経活動の調節系
 6.1 視床下部-下垂体(神経内分泌)軸
 6.2 ストレス反応とグルココルチコイド
 6.3 副腎ステロイド
 6.4 炎症と免疫応答
第7 章 遺伝学
 7.1 遺伝子の基本原理と遺伝子同定の歴史
 7.2 コモンバリエーション
 7.3 レアバリエーション
 7.4 エピジェネティクス
 7.5 精神医学における遺伝学の臨床応用
第8 章 神経発達と神経可塑性
 8.1 脳の構造と機能の発達
 8.2 精神疾患の神経発達モデル
 8.3 アタッチメント
 8.4 神経可塑性
 8.5 知能と知的能力障害
第9 章 特定の症候群と治療の統合的神経生物学
 9.1 自閉症
 9.2 注意欠如多動症
 9.3 薬物使用,依存,耐性,離脱および再発
 9.4 不安症
 9.5 心的外傷後ストレス症
 9.6 強迫症及び関連症群
 9.7 うつ病
 9.8 双極性感情症
 9.9 精神病
 9.10 統合失調症
 9.11 ボーダーラインパーソナリティ症
 9.12 自傷行為と自殺行動
 9.13 医学的に説明のつかない症状
 9.14 せん妄
 9.15 周産期の精神疾患
 9.16 睡眠障害
 9.17 摂食症
 9.18 てんかんと発作
 9.19 電気けいれん療法
 9.20 脳刺激
第10 章 神経変性
 10.1 神経変性の因果的カスケード
 10.2 前駆期概念と軽度認知障害
 10.3 神経変性疾患の前臨床段階
 10.4 神経変性疾患のスペクトラム,ドメイン(機能領域),ディメンション(次元)
 10.5 神経変性に対する予備能・レジリエンス・抵抗性
 10.6 神経変性疾患の環境要因
 10.7 神経変性疾患における併存疾患と二重病理
索引

本書『精神疾患の神経科学』日本語版を読者の皆さまにお届けできることを,大変嬉しく思います。精神医学は現在,大きな転換点にあります。脳画像研究,分子遺伝学,神経回路解析,発達神経科学,さらにはデジタル技術を用いた行動データ解析など,神経科学の進歩は著しく,精神疾患に対する理解は急速に更新されつつあります。その結果,従来の診断分類にも再考を促すような知見が蓄積されつつあります。もっとも,こうした進歩が直ちに精神科診療の主流を大きく変えるところまでは至っていませんが,確実に変化をもたらし始めています。精神症状の背景にある脳機能,発達過程,さらには環境との相互作用を統合的に理解することが,これからの精神科医には求められています。
 こうした時代的変化を背景に, 英国ではGatsby 財団,Wellcome 財団,英国王立精神科医学会が中心となり,精神科研修に神経科学を本格的に導入する教育改革が進められてきました。また米国でも,National Neuroscience Curriculum Initiative を中心に,精神科医療に必要な神経科学教育を再構築する動きが広がっています。膨大かつ日々更新される神経科学の知識を,精神科臨床との関連性という観点から整理し,次世代の精神科医に必要な内容として体系化する試みです。本書は,その国際的潮流の中から生まれたテキストであり,精神科医に必要な神経科学を,基礎から臨床まで一貫して学べるよう構成されています。
 本書の大きな特徴は,「包括性」と「臨床的関連性」を高い次元で両立している点にあります。細胞・シナプスの基礎から神経解剖,神経回路,発達,認知,情動,睡眠,ストレス応答,さらには各精神疾患の神経科学的理解に至るまで,多領域の知見が有機的に統合されています。一方で,単に広範な知識を網羅するだけではなく,「精神科診療において何が本当に重要か」という視点が全編を貫いています。膨大な神経科学の知見の中から,現在および将来の精神科診療に最も関連する内容を厳選しつつ,必要な事項をワンストップで体系的に学べる構成になっています。
 監訳にあたっては,日本の精神科臨床・教育の文脈の中で,読者により伝わりやすい表現となるよう努めました。原著者であり監修者でもあるJones 教授と直接意見交換を行う機会にも恵まれ,本書が目指す教育的理念や,現代精神医学における神経科学の位置づけについて理解を深めながら翻訳作業を進めることができました。また,ケンブリッジ大学を中心とした第一線の研究者・臨床家による優れた教科書の翻訳に携わることができたことを,大変光栄に感じています。
 近い将来,本書に記された神経科学の知見が,日常の精神科医療を支える基盤となり,精神医療に携わる者にとっての新たな常識となっていくことを願っています。そしてそれが,精神疾患に苦しむ当事者の方々への理解を深め,よりよい治療と支援につながることで,多くの人々にとっての福音となることを心より期待しています。

2026年5月
髙橋英彦


 過去100年の間に, 脳に関する我々の理解は革命的な進展を遂げてきた。しかしながら,これまでのところ,その進展は主流の精神科臨床の実践を大きく揺るがすには至っていない。だが,この状況は変わろうとしている。神経科学に基づく新たな治療法が次々と登場しつつあり,また神経科学および遺伝学から得られるエビデンスは,従来の診断分類の境界に疑問を投げかけている。将来の精神科医には,脳画像,分子診断,心理的要因,社会的文脈に関する理解を統合し,神経科学に基づいたケアプランを構築することが求められるであろう。
 こうした変化の到来,および次世代の精神科医に現代的な神経科学を教育する必要性を踏まえ,Gatsby Foundation,Wellcome, ならびに英国王立精神科医学会は,Wendy Burn およびMike Travis 両教授の卓越した指導のもと,専門家から成る委員会を組織した。その使命は,王立精神科医学会会員資格試験(MRCPsych)を目指す研修医のために,新たな神経科学カリキュラムを開発・実装することであった。本書“The Cambridge Textbook of Neuroscience for Psychiatrists” は,この新カリキュラムに対応するものであり,精神科医が脳について知るべき事項を網羅する「ワンストップ・リファレンス」として機能することを意図している。
 脳と心を理解するには,多岐にわたる技術と概念的枠組みが必要である。本書では,基礎神経科学者,遺伝学者,心理学者,精神科医,神経内科医,脳神経外科医,内分泌学者らを結集し,現在そして未来の精神科臨床に最も関連する内容に焦点を当てたトランスレーショナル神経科学の最前線を提示する。その多くは,Cambridge Neuroscienceの教員および大学外の共同研究者が学部教育および臨床教育のために作成した講義資料に基づいている。ここに,彼らの惜しみない貢献に深く感謝する。
 本書はまず,細胞およびシナプスに関する基礎神経科学, 神経科学で用いられる多様な手法,ならびに精神科医にとって重要な神経解剖学を扱う章から始まる。続いて,ストレス反応,動機づけ,睡眠,共感といった精神医学に関連する機能を支える脳回路および調節機構について論じる。さらに,神経発達の基礎と精神疾患の発達モデルを概説し,最後に主要な精神疾患それぞれの神経科学的基盤を検討する。読者には,理解の深化に応じて各章を往復し,本文中の相互参照を活用することを勧める。たとえば強迫症(OCD)の神経科学に関心がある場合には,まず該当章を読み, 次に習慣形成に関わる神経回路の章に戻り,線条体および前頭葉の神経解剖を再確認したうえで,脳刺激療法の神経科学に進むといった読み方が有効である。
 膨大な神経科学的文献が蓄積されているにもかかわらず, 精神症状, 症候群,および治療の神経科学的基盤に関する理解は,いまだ端緒にあるにすぎない。本書では,既知の知見を提示するのみならず, 理解が不十分な領域や, 各分野における重要な未解決課題についても明示するよう努めた。
 本書の各章は,上述のGatsby-Wellcome-RCPsych Neuroscience Project により策定された神経科学シラバスに準拠しており,米国のNational Neuroscience Curriculum Initiative(NNCI) のカリキュラムとも連動している。全編を通じて配置されたQR コードからは,NNCI が提供する関連オンライン資源にアクセスできる。本書の制作にあたり議論に参加し,優れたリソースとの連携を可能にしてくれたNNCI のDavid Ross および
Mike Travis に深く感謝する。また,主として精神科研修医からなる優れた査読チームにも多大な謝意を表する。彼らの鋭い指摘は,各章の可読性と臨床的妥当性を高めるうえで不可欠であった。このプロセスの調整に尽力した英国王立精神科医学会のGareth Cuttle にも感謝する。
 本書および今後の改訂版が,臨床に従事する者,あるいは臨床的意義の高い研究に取り組む者にとって,より有用なものとなることを願っている。読者からの意見や提案は,GitHub 上のリポジトリ(https://github.com/maryellenlynall/neuroscience_for_psychiatrists)にて受け付けている。臨床の現場で「これは神経科学的にどう説明できるのか」と疑問を抱いた際,本書に記載が見当たらない場合には,ぜひその点をお知らせいただきたい。
 本書の編集は,大きな喜びと栄誉であった。その多くは,Jessica Papworth,Saskia Pronk,Olivia Boult,Anna Whiting,Catherine BarnesをはじめとするCambridge University Press の卓越したチーム,ならびにZoë Lewi による専門的な編集作業の賜物である。これらすべての関係者に,心より感謝する。

Mary-Ellen Lynall
Peter B. Jones
Stephen M. Stahl
March 2023

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