ソーシャルマーケティング:行動変容の科学とアート -健康、安全、環境保護、省資源分野等への応用の最前線-

ソーシャルマーケティングの実践的テキスト、待望の刊行



ソーシャルマーケティングのロングセラー教科書、最新第6版の翻訳。マーケティングの 考え方や技術を健康増進プログラム等の「計画→実践→評価」のプロセスに応用し、必要な行動変容のための系統的アプローチについて基本的理論から実践まで平易に解説。 人々の行動変容につながる具体例を豊富に収載。保健・健康・医学分野はもちろん、社会科学や行政学の分野の研究者にも役立つ知識を提供する。



書評—評者:三石 祥子先生—週刊医学界新聞第3445号掲載

¥7,480 税込
原著タイトル
Social Marketing: Behavior Change for Social Good, 6th Edition
訳:木原雅子 医学博士 一般社団法人国際社会疫学研究所代表理事、京都大学学際融合教育研究推進センター特任教授、前京都大学医学研究科社会疫学分野准教授/小林英雄 医学博士 医療法人社団小林内科クリニック院長、日本循環器学会認定循環器専門医、日本内科学会認定総合内科専門医/加治正行 医学博士 静岡市保健所長、NPO法人日本小児禁煙研究会理事、一般財団法人日本子ども財団理事/木原正博 医学博士 一般社団法人国際社会疫学研究所代表理事、京都大学名誉教授、前京都大学医学研究科社会疫学分野教授
ISBN
978-4-8157-3024-6
判型/ページ数/図・写真
B5 頁552 図62・写真71
刊行年月
2021年6月
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第Ⅰ部 ソーシャルマーケティングの基礎
第1章 ソーシャルマーケティングの定義と特徴 
第2章 ソーシャルマーケティングのプラニング:10ステップモデル
第3章 調査の選択肢 
第4章 行動理論,モデル,フレームワーク 
第5章 ステップ1とステップ2:社会的課題や背景,プロジェクトの目的と焦点の記述と,状況分析の実施 
第Ⅱ部 ソーシャルマーケティングプランの目的,焦点,優先オーディエンス,行動,視点を決定する
第6章 ステップ3:優先オーディエンスの選択 
第7章 ステップ4:マーケティングの目標とゴール 
第8章 ステップ5:オーディエンスの視点を理解する 
第Ⅲ部 マーケティングミックス戦略の開発 
第9章 ステップ6:ポジショニング 
第10章 ステップ7:プロダクト:プロダクトプラットフォームの作成 
第11章 ステップ7:プライス:インセンティブとディスインセンティブの決定 
第12章 ステップ7:プレイス:アクセスを便利で心地よいものとする 
第13章 ステップ7:プロモーション:メッセージ,メッセンジャー,クリエイティブ戦略を決定する 
第14章 ステップ7:プロモーション:コミュニケーションチャネルの選択 
第Ⅳ部 ソーシャルマーケティングプログラムの管理 
第15章 ステップ8:モニタリングと評価 
第16章 ステップ9:予算と資金獲得のプラン 
第17章 ステップ10:行動変容プランの実施とその維持 
エピローグ

私たちが行動理論や「ソーシャルマーケティング」というアプローチの存在を初めて知ったのは,1990年代の前半に,エイズの疫学研究に本格的に取り組むようになってからのことでした。当時がんの分子疫学を専門とし,疫学と言えば,リスクファクターの分析と思い込んで飛び込んだエイズ疫学は全くの「別世界」で,リスクファクターはすでに自明で,「どう予防するか」が鋭く問われていました。しかし,「では予防研究を」と,手当たり次第に読んだ当時の疫学の教科書には,予防の方法論は何一つ書かれておらず(今もほぼそうですが),私たちは予防の方法論を1つひとつ手探りで掴み取って行くしかありませんでした。最初に学んだのが質的研究方法でした。1990年代半ばの国際エイズ会議でその存在を知り,「これだ!」と独学を始め,その後,準実験デザイン,行動科学を知り,そして,ソーシャルマーケティングに行き着いたのです。当時,PRECEED-PROCEEDモデルを始め,ヘルスプロモーションのための行動変容フレームワークがいくつか存在していましたが,マーケティングの手法と人間の行動原理を統合する優れた実用性に魅せられ,何の迷いもなくソーシャルマーケティングを選び取りました。その判断は今振り返っても間違っていなかったと思います。商業マーケ―ターとして有名だった国友隆一先生(故人)に出会ったのもそのころでした。「そこまでやるか! マクドナルド13万クルーがサービスの達人に変わるとき」(日本実業出版社 2002年)を読んで,マーケティングの威力に感銘を受け,当時お茶の水にあった事務所に何度も押しかけては,マーケティングが何たるかの教えと,後述するWYSHプロジェクトのプランに懇切丁寧なアドバイスを受けました。私たちのライフワークとなっている“WYSH”というブランドとロゴもその事務所で誕生したものです。京都大学に講義にも来てもらいましたが,そのときの学生たちの輝くような目が今も懐かしく思いだされます。
 その後私たちは,こうして学び取ったソーシャルマーケティングを含む様々な方法論を統合して「社会疫学socio-epidemiology」と称し,京都大学医学研究科社会健康医学系専攻の正式のコースとして教え始めました。我が国の公衆衛生学領域におけるソーシャルマーケティングの講義は恐らくこれが最初で(そして私たちの定年とともに最後となりましたが),幸い好評を博し,講義を担当した木原雅子には2回のベストティーチャー賞が授与されました。私たちが教科書に使ったのは,Alan R Andreasenの「Marketing Social Change」(Jossei-Bass,1995)で,当時存在したソーシャルマーケティングの教科書の中では,方法論の記述が最も体系だっていました。その後,いくつかのソーシャルマーケティングの教科書が出版されましたが,その中で,「ソーシャルマーケティング」といっても,スタイルの違いがあることを知り,どれが翻訳出版に値するかについて長く迷っていました。そして,漸く翻訳を手掛ける決心をしたのがこの第6版のKotlerとLeeの著書だったのです。
 Kotlerは,「マーケティングの神様」と呼ばれるマーケティングの世界的大家で,1970年代に,「ソーシャルマーケティング」という用語とアプローチを提唱した,いわばその生みの親です。
その後,ソーシャルマーケティングはその実用性の高さから,様々な分野に応用が広がって行きましたが,同時に,定義,スタイル,用語が多様化することにもなり,2010年代前半から,国際ソーシャルマーケティング協会などによって,その標準化が図られてきました。Kotlerはその中心的役割を果たし,そして,(恐らく)その最終形として提唱しているのが,本書の「10
ステップモデル」で,付録Cに見られるように,このモデルは他の様々なスタイルを包括する,一般性の高いモデルとなっており,新たなプロジェクトの構築,あるいは既存のプロジェクトのチェックに役立つ優れたフレームワークを提供しています。また,本書では,行動原理についての記述もアップデートされ,健康信念モデル,行動段階理論,イノベーション拡散理論といった古典的な行動理論・モデルはもちろん,行動経済学,ナッジ,仕掛け学にまで記述が拡張されています。
 ソーシャルマーケティングの応用分野は,健康分野に限られるものではなく,本書でも健康,安全,環境保護,省資源,社会貢献,ファイナンシャルウェルビーイングなど,人の行動が関わるあらゆる社会的課題に応用されていますが,健康分野では,米国の「Healthy People 2020」(注:保健福祉省が作成し,連邦政府や州政府,コミュニティ,その他の公共・民間セクターによって,その活動指針として用いられている戦略文書)の中で,ヘルスプロモーションの中核的方法論とされ,その第13項に,保健行政におけるその使用の促進,公衆衛生大学院におけるソーシャルマーケティングの教育コースや研修プログラムを増やすことが謳われています。我が国でも,恐らくこれに倣ならって,厚生労働省の健康日本21の総論には,「健康日本21の推進にはマーケティング手法を社会政策に応用したソーシャルマーケティングが必要である」とその重要性が断片的ですが触れられています。しかし,私たちが知る限り,我が国においては,専門レベルの教科書は乏しく,また,どのレベルの行政においても,ソーシャルマーケティングが保健医療対策のフレームワークとして本格的に取り入れられた形跡はありません。ソーシャルマーケティングは,米国だけではなく,英国,カナダ,オーストラリア,ニュージーランドなどの先進国,いくつかの途上国,国際NPO,財団などで広汎に応用されてきており(付録E),残念ながら,我が国はこの分野ではほぼ半世紀も遅れた状況にあります。このため,私たちは,適切な教科書を一日も早く日本に投入したいと思い続けてきましたが,漸くその夢をかなえることができ嬉しく思っています。本書の出版が,我が国においてソーシャルマーケティングが普及拡大するきっかけとなれば,訳者としてこれに勝る喜びはありません。
 本書を一読されると,ソーシャルマーケティングがとても大変なプログラムに見えるかも知れません。確かに,1から10までのステップをすべて「完全に」満たすことは,常に可能とは思われません。しかし,ソーシャルマーケティングは,簡単に言えば,「通常の」プログラム策定のアプローチを「逆さま」にしたもの,つまり,ボトムアップ(=オーディエンス中心主義)のアプローチで,そこから「論理的に」立ち上がる体系のことに過ぎませ。“オーディエンス中心主義だからこそ”,オーディエンスの声を聴き(形成調査),オーディエンスの行動原理(行動理論・モデル)やマーケティング手法に基づき(4P),“オーディエンス中心主義だからこそ”,行動変容の失敗をオーディエンスの自己責任に帰すことなく,プログラムの欠陥を突き止め(評価),再びオーディエンスの声を聞いて,プログラムを改善していくのです。極端な言い方をすれば,ソーシャルマーケティングのすべての要素が含まれたものではなくても,オーディエンス中心主義が徹底され,その利益に資するために系統的に作られたプログラムは,基本的にソーシャルマーケティングであると考えられます。本書の第1章の最後にも,ある取り組みがソーシャルマーケティングであるための最低条件は,「個人と社会の利益に資する行動変容を優先オーディエンスに促すことが目的」であることと書かれています。私たちも,完全形とまでは言えないまでも,研究者として可能な条件の範囲で,若者の性の問題を含む諸問題を解決するための,ソーシャルマーケティングを基本骨格とする行動変容プログラム(WYSHプロジェクト)を立ち上げ,ほぼ20年近く実践してきました(http://www.kodomozaidan.com/)1−3。我が国においても,様々な分野で,ソーシャルマーケティングのオーディエンス中心主義と方法論を取り入れた試みが立ち上がることを願ってやみません。
 本書の翻訳には,これまでとは違った意味で苦労しました。疫学や統計学の教科書はほぼ理論の世界で,その体系の中での用語やロジックの整合性に神経を使いますが,本書の場合は私たちがこれまで接したことのない現実世界の日常的な用語,概念,事実に溢れ,いちいちネット検索をして調べるという手間が非常にかかりました。しかし,反面,疫学や統計学に偏ることの多かった私たちのスコープが,いかに狭いものであったかということを思い知らされることにもなりました。その意味で,また1つ世界が拓けたように思われます。
 翻訳は,以下の分担で行いました:加治正行(1〜5章),木原雅子(6〜10章と全体監訳),小林英雄(11〜13章),木原正博(14〜17章及び付録と最終監訳)。翻訳に際して,事例が日本の読者には現実離れし過ぎる,あるいはもっと適切な事例があると思われる場合は,監訳者の判断で差し替えました。また,翻訳には細心の注意を払いましたが,もしお気づきの点があれば
ご指摘いただければ幸いです。
令和 3 年 5 月 13 日
 洛東の名勝「神集う岡(神楽岡)」に建つ,
 元東伏見宮家別邸・吉田山荘の書院にて
訳者を代表して
木原 正博
木原 雅子

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