外には出せない情報も、パソコン内でAIを動かせば扱えます!
インターネットを介さずに手元のパソコンだけで使用できる生成AI「ローカル生成AI」の医療・研究機関での活用法を3つのパートで解説。Part1「ローカル生成AIとは何か?」では大規模言語モデル(LLM)による生成AIのしくみを概説。Part2「医療・教育・研究で使うローカル生成AI」では日々の医療業務や医学教育・研究におけるローカル生成AIの活用法を、実例を交えながら解説。Part3「これからのローカル生成AI」では、人間の思考に寄り添う道具として今後これからのAIとどのように向き合っていくべきかを考察する。
Part 1 ローカル生成AIとは何か?
第1章 医療は「手元のAI」で進化する
AIを臨床や教育にも使いたいが…
医療分野では患者情報の取り扱いに厳格なルールが課される
手元のパソコンで生成AIを動かすという解決策
ローカル環境ならAIを「調節」できる
ルーチンワークを圧縮して考える時間を増やそう
第2章 パソコンがあればローカル環境で生成AIが動かせる
ローカル生成AIに対する誤解
ローカル生成AIを支えるのはオープンソースソフトウェアの充実である
gpt-oss-20bが初めて動いた瞬間
「ちょっと性能のよいパソコン」という表現について
これから起こること
第3章 AIに対する二つの誤解
「ブラックボックス」と「ハルシネーション」
生成AIは本当にブラックボックスか
ハルシネーション
この二つの問題に対するローカル生成AIの利点
第4章 ハルシネーションとtemperature
ローカル生成AIを医学で使うための前提条件なぜ「揺らぎ」が生じるのか
temperature ─揺らぎを制御する中心的な調節つまみ
top-k / top-p ─揺らぎの「範囲」を決める補助的な制御
ローカル型LLMではパラメータを自分で設定できる
医学において重要なのは「制御」と「立ち戻り」
第5章 RAGとは何か
学習と推論を分けて考える
モデルとは何か(ごく簡単に)
そこで出てくるRAGという考え方
RAGの基本構造――レトリーバーとジェネレーター
RAGではハルシネーションが抑えられる
ローカル生成AIとRAGの相性
学習を変えずに、推論を賢くする
第6章 生成AIを日常業務に使うにはどうすればよいか
技術の問題ではなく、責任の置き場所の問題
そのAI、業務に使えますか?
ローカル環境では自分でAIをコントロールして使える
ルールを守る側から、自分たちで作る側へ
使用履歴を残せる
具体的は活用場面は?
Part 2 医療・教育・研究で使うローカル生成AI
第7章 医療業務の改善
情報をテキスト化できれば生成AIが扱える
病院の内部資料
固有名詞には意味が含まれている
有効活用されていない議事録
ローカル生成AIの利用例:議事録から情報を引き出す
患者さん向けの資料作成
ローカル生成AIの利用例:患者さん向けに公的支援をまとめる
第8章 音声入力とOCR
人間にとって最も自然な情報伝達手段は音声
ローカル環境で動く音声認識ソフト
医療現場での具体的なユースケース
音声認識・構造化・再利用
文字起こしは「下書き」でよい
「書いて記録する医療」から「話して記録する医療」へ
「思考を残す医療」が教育にもたらす影響
OCR:紙の文書のデータ化
文字認識から構造化・再利用へ
第9章 医学教育
教材作成
記述式答案の分析に
正解のない課題をトピックとした教育
ローカル生成AIの利用例:授業の感想の概観
教える側の点検に
教育カリキュラムの見直しに
知識の「つながり」の言語化
試験対策をより深い学習に変化させる
患者さんから学ぶ
第10章 翻訳再考
教育・研究を貫く思考の変換装置としての生成AI
翻訳という営みの再定義
翻訳が「手元の思考」になった瞬間
翻訳は思考の点検装置になる
大学院教育における翻訳と文章指導
翻訳という言葉が指しているもの
第11章 プログラミングのススメ
GUIがもたらした幻想
自然言語で考え、生成AIがプログラムを書く
プログラミングが嫌われる理由
転記作業をプログラムで反復可能に
ローカルな環境で生成AIを使うことの研究上の意義
未診断疾患研究と生成AI
構音障害をもつ患者さんの意志疎通を補助するソフトウェアの開発
第12章 診療・教育・研究でtemperature をどう切り替えるか
診療─ temperature は低く、揺らぎは最小限に
教育─ temperature は少し上げる
研究─ temperature を上げて、仮説を揺らす
temperature は境界線を引き直すための道具である
Part 3 これからのローカル生成AI
第13章 考える道具としての生成AI
なぜローカルでなければならないのか
人間の思考を止めないAI
第14章 結び
付録 ローカル型LLM実装メモ
A.インストール
B.インストール後の運用
索引
謝辞
著者紹介
コラム
●オープンな文化とLinux
●人間の頭の中はスパゲティである
●AIによってPBLは活性化するか
●英語力というハンディキャップは本当にあるのか
●人間の知恵がこの中にある
多くの医療者は、すでに生成AIを使い始めているのではないかと思う。英文メールを書く、論文の要点を整理する、講演のタイトルを考える、説明文をわかりやすくする、スライドの構成案を作る。こうした作業において、インターネットを通して使うクラウド型の生成AIはすでに十分実用的であり、日常の仕事の中に自然に入り込みつつある。
私自身も、そのような用途で生成AIを使い始めた一人である。しかし、使えば使うほど、ある種のもどかしさを感じるようになった。生成AIの能力は非常に高い。ところが、医療者や研究者が実際の仕事の中で参照したい資料やデータの中には、簡単にはクラウドに入力できないものが少なくないのである。
医療や研究の現場では、機微性の高い情報、未公開の研究データ、施設内で作成された資料、解析途中のデータなどを扱うことが多い。これらはまさに生成AIに読み込ませたい情報である一方、外部のクラウドサービスに入力することには慎重にならざるを得ない。生成AIの性能が高まれば高まるほど、「本当に使いたい場面では使いにくい」という矛盾が生じる。
本書の出発点は、この矛盾である。
生成AIの利用を文章作成の補助に留めず、研究、解析、文書管理、ソフトウェア開発、臨床的着想の整理にまで深く使いたい。そのためには、機微な情報を扱える環境が必要になる。そこで重要な選択肢となるのが、インターネットに接続せず、ローカル環境(クローズド環境)で動作する大規模言語モデル(large language model:LLM)の生成AIである。
ローカル型LLMを用いれば、AIモデルを自分の手元のコンピューター、あるいは施設内の閉じた計算環境で動かすことができる。これは外部のクラウドサービスに情報を送信しない運用を検討できるという点で、医療・研究分野にとって大きな価値がある。ただし、ローカルであることは、医療情報を無条件に扱えることを意味しない。匿名化・仮名化、施設の情報管理の方針、倫理審査、研究計画上の位置づけを踏まえた運用が必要となる。
本書は、AIの専門家がローカル型LLMを体系的に解説する技術専門書ではない。クラウド上の生成AIの便利な使い方を紹介する本でもない。医療者や研究者がローカル生成AIを自分の仕事に深く組み込み、日常業務、研究開発、文書作成、ソフトウェア開発に活用すると何が起こるのかを、自らの試行錯誤に基づいて記録したものである。
私が最近強く感じているのは、生成AIは単なる知識の集積ではないということである。生成AIは課題を与えられると、それを分解し、手順を提案し、別の考え方を示し、ときには実装の糸口を与える。もちろん、その提案が妥当かどうかを検証し、最終的な責任を負うのは人間である。だが、生成AIに創造性がない、既存の情報を寄せ集めているだけだと片づけることは、もはやできないと私は考えている。
私自身も、生成AIとの対話を通じて、臨床や研究の現場で感じていた問題意識を、具体的な作業手順へと整理できることを経験してきた。本書が読者にとって、生成AIを文章作成の補助としてだけではなく、知的作業と研究開発を支える新しい手段として捉え直すための手がかりとなれば幸いである。
小﨑健次郎




























