質的研究法:その理論と方法 - 健康・社会科学分野における展開と展望 -

“木原ライブラリー”最新刊!

若手からベテランまで、質的研究を理解、実践するための知識を凝縮




現代の質的研究の全体像の把握に必要な方法論(methodology)と方法(method)を網羅した解説書。著者自身の広汎な研究経験と2500を超える膨大な文献渉猟に基づき、豊富な事例と多様な見解を紹介。全4部にわたり、質的研究の哲学・厳密性・倫理、データの収集・分析法、文書作成法、質的研究の応用と最近の動向を、具体的事例とともに詳述。難解な学術用語は出来るだけ避け、初学者にも読みやすい。医学・看護・医療系、また人文・社会科学系の研究者に広く役立つ1冊。



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¥6,160 税込
原著タイトル
Qualitative Research Methods, 5th Edition
監訳:木原雅子 医学博士/京都大学学際融合教育研究推進センター特任教授/国際社会疫学研究所代表理事(一般社団法人日本こども協会)/前京都大学大学院医学研究科社会疫学分野准教授・木原正博 医学博士/京都大学名誉教授/国際社会疫学研究所代表理事(一般社団法人日本こども協会)/前京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻社会疫学分野教授
ISBN
978-4-8157-3047-5
判型/ページ数/図・写真
B5 頁544 図2 写真2
刊行年月
2022年4月
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第I部 質的研究の基盤
第1章 質的研究の方法論的枠組みとサンプリング戦略
第2章 質的研究における厳密性と倫理
第II部 質的研究方法のタイプ
第3章 個別インタビュー
第4章 フォーカスグループインタビュー
第5章 非干渉的方法
第6章 ナラティブエンクワイアリー:ライフ/オーラルヒストリー,ライフストーリー,バイオグラフィー
第7章 メモリーワーク
第8章 エスノグラフィー
第9章 参加型アクションリサーチ
第10章 質的ケーススタディ
第11章 グラウンデッド・セオリー
第III部 質的研究の分析とライティング
第12章 質的データの分析
第13章 質的研究申請書の書き方:計画の作成
第14章 質的研究報告の書き方:ストーリーを語る
第IV部 質的研究の応用
第15章 脆弱性の高い人々の研究
第16章 質的な異文化研究
第17章 オンラインの質的研究
第18章 質的研究の新たな方向性

用語集/文 献/索 引

質的研究法の「最良」の入門書,そして現代の質的研究の世界に通じる扉 ― これが監訳を 終えた後の私たちの率直な印象です。いくつかの理由があります。その第 1 は,現代の質的研 究における,最新のものを含めた重要な方法論 methodology と方法 method が網羅されている 稀有な入門書であることです。読者は,「いきなり 1 つの方法論や方法に飛びつく」という過ちを避け,質的研究の全体像を把握した上で,研究テーマに合った,適切な方法論・方法を選び取ることができるようになります。第 2 は,方法についての様々な研究者の異なる見解がフェアに紹介されていることです。これは 2500 を超える膨大な文献の検討を踏まえたもので, 見事なレビューと言うほかありません。質的研究の教科書の中には,引用文献も乏しく,その 研究者の限られた経験と見解が断定的に記述されているものも少なからず見受けられますが, 本書から,読者は,研究者の間の見解の多様性を学ぶことができ,これは,質的研究者として の自分の立ち位置を確立していく上で重要な情報となると思われます。第 3 は,各章に豊富な 事例が提示されていることです。それぞれの事例はかなり詳しく紹介されており,それらを丹 念に読み込むことによって,読者は,質的研究を実施することの真の意味,「生きられた経験」 を探求することの意味,ものごとが,「社会的に構築」されるということの意味を実感するこ とができるはずです。第 4 は,理解しやすいことです。著者が,「難解な学術用語に悩まされ ることのない,読みやすいものにする」と序文に書いているように,全体を通じて,努めてわかりやすい言葉で書かれており,それゆえに,読者は,「衒学的な(=無意味な)難解さ」に阻 まれることなく,質的研究の本質を掴み取ることができます。第 5 は実践的であることです。 プロトコールの書き方から報告書や論文のライティングの方法,また,質的研究の実施方法の 具体的ノウハウから,そのデータの意味ある解釈,他の様々なグループの人々への応用に至 るまでが包括的にカバーされています。これは,メモリーワークを除き,ほぼすべての方法論 と方法を自ら実際に実践してきた,著者自身の経験を踏まえたもので,これも他の教科書にない重要な特徴の 1 つとなっています。第 6 は,著者の哲学(眼差し)が見える本であることです。 これが私たちが共感し,本書を「最良」と評価する最大の理由ですが,この本は,「(質的研究 の目的は)社会から疎外された人々にとって,より公正な社会の実現に少しでも貢献すること である」(序文)という考え方に,徹頭徹尾貫かれており,そうした人々に対する,著者の暖か い眼差しと,世の中の矛盾に対する切れるような鋭い視点を読者は感じることができるはずです。私たちも内外の多くの教科書を読んできましたが,「著者の哲学(眼差し)」を感じた本は 本書が初めてです。読者の皆さんにもぜひ実感していただき,「誰のために」そして「何のために」質的研究を行うのか,そのためには「どういう」質的研究が必要なのかを改めて考えていただければと思います。
本書の翻訳は,2007年にその初版(Qualitative Research Methods: a health focus. Oxfort University Press, 199[9 日本語訳:ヘルスリサーチのための質的研究方法―その理論と方法。 三煌社,東京,2007 年])を翻訳して以来のことになります。当時,健康にフォーカスした唯一の質的研究の入門書として翻訳に取り組み,非常に大きな学びとなりました。総論から各論 に進み,各論では質的方法の歴史的背景,概念,具体的実施法,利点と問題点を解説するとい う本書の構成は,初版から大きな変更はありませんが,分量は 2.5 倍近くに,引用文献は 4 倍 以上に増え,事例はほとんどが最新化されて,健康科学,社会科学の両分野に拡張され,内容 としては,総論に「脱植民地化研究の方法論」が加わり,各論には質的ケーススタディが追加 され,グラウンデッド・セオリーは独立して章立てされて(第 11 章),新たな有力な潮流であ る Charmaz(シャーマズ)の構築主義的グラウンデッド・セオリーに重点を置いた解説がなさ れています。そして,横断的トピックとして,脆弱性の高い人々の研究(第 15 章),質的な異 文化研究(第 16 章),オンラインの質的研究(第 17 章)が加わり,最後に,質的研究の新たな方 向を論じた章(第 18 章)が追加されています。こうした初版との比較から,質的研究者として の強い役割意識に基づいて,常に質的研究の最前線に立ち,新たな潮流と方法を取り入れ,実 践してきた,著者の研究者としての努力と生き方を見ることができるように思われます。 私たちが質的方法を公衆衛生研究に取り入れてから 25 年近くが過ぎました。当時がんの分 子疫学を専門としていた私たちが質的研究という「異次元」の方法に出会ったのは,1990 年 代の前半に,エイズの予防研究の依頼を受け,本格的に取り組むようになってからのことでし た。行動変容を通した予防プログラムを開発する上で,それぞれのグループの背景にある文化, 経験,価値観を把握する必要性を痛感したこと,1990 年代半ばの国際エイズ会議でその存在 を知ったことがそのきっかけでした。しかし,当時は,我が国の公衆衛生学の分野には質的研 究の伝統はほぼ皆無で,適当な教科書もなく,すべてが独学でのスタートとなりました。たま たまある調査をお願いしていた日本リサーチセンターという会社に商業マーケティングにおけ る質的方法の専門家がいることを知り,その方からフォーカスグループインタビューの丁寧な トレーニングと質的分析の手ほどきを受けました。また,監訳者木原雅子は,1999 年に,エ イズ研究で知り合い,本書のメモリーワークの章でもたびたびその名が出てくる世界的に高名 な質的研究者であるSusan Kippax教授(オーストラリアのニューサウスウェールズ大学HIV 社会研究所の前所長)のもとに客員研究員として留学し,そこで非常にセンシティブな問題を 扱う多くの質的研究の実践に触れ,また理論や方法を学ぶ機会を得ました。 こうして公衆衛生研究における質的研究の重要性を確信した私たちは,2000 年に,我が国 最初の公衆衛生大学院として設立された京都大学医学研究科社会健康医学系専攻の授業に,行 動科学,ソーシャルマーケティング,集団調査法などの予防に役立つ方法と質的方法を統合し たマルチメソッドの講義を,「社会疫学(ソシオ・エピデミオロジー)」という名称で開始しま した。当時,京都大学医学研究科には,多数の学生が一度にフォーカスグループを練習できる ような広い平面教室がなく,わざわざ市中の商業施設を借りて授業を行ったことや,新しい方 法を学ぶ喜びにわくわくしていた学生たちの情景が懐かしく思い出されます。 その後,監訳者木原雅子は,社会疫学の授業を実施する傍ら,質的方法を若者のエイズ/ STD 予防に応用し,1000 名を超えるフォーカスグループと質的分析の経験を積んでいきまし たが,学生たちの間でも,並行して質的研究の機運が高まり,数年後には,質的研究を修士課 程(専門職学位課程)の課題研究とする学生が現れるようになりました。しかし,量的研究主体 の風土の中で質的研究を初めて発表するのは学生にとっても指導教員にとってもかなりの勇気 のいることで,案の定,当初は,サンプル数が少ない,サンプルの代表性がない,主観的だと いう「予想通り」の批判に曝されることになりました。しかし,幸いにも,次第に質的研究へ の理解が広がり,私たちの教室の修士課程の学生で質的研究(ミクストメソッドを含む)を卒業 論文(課題研究)で発表した 25 人中半数が優秀賞を授与されるまでになり,また博士課程の学生(主に留学生)を中心に海外で質的研究(多くはミクストメソッド研究)を行う学生も増え続 け,現在までに,アジア・アフリカの 8 か国と日本で 10 本以上の英文論文を発表するなど,質 的研究方法は,ルーチンの研究方法として定着していきました。こうした研究の中で私たちが 経験したことは,「新しい発見は常に質的研究から生まれる」ということでした。たとえば, イランの初期の HIV 流行が刑務所内での薬物使用を起点としていたこと(Zamani ら,JAIDS, 2006),コンゴ民主共和国で,食料不足が抗 HIV 薬の低アドヒアランスの原因の 1 つであった こと(Musumariら,AIDS Care, 2013),ザンビアの住民の間で肥満が肥満として認識されて いなかったこと(Tateyama ら,PLoS One, 2018)などは,いずれも,ミクストメソッドアプロー チの事前の質的研究で発見した事実でした。本書の出版をきっかけとして,健康科学分野での 質的研究の応用がさらに広がり,質的研究の醍醐味を経験される研究者が増えることを願って やみません。 本書の翻訳は,質的研究の経験を持つ,私たちの研究室の元学生を中心とする翻訳チームを 組織して行い,まずチームメンバーが正確に訳し,それを監訳者が全体として用語と表現を統 一するという手順で行いました。特殊な用語には,できるだけ訳注で説明を補い,参考文献を 読まないと理解が難しい部分はできる限り参考文献に直接当たって意味を確認し,どうしても わからないところや不確かな部分は,著者に直接問い合わせて確認しました。また用語集は, 原本よりも項目を増やし,解説もより詳しいものとしました。こうした私たちの努力によって, 「難解な学術用語に悩まされることのない,読みやすいものにする」という著者の思いを日本 語版でも実現することができていれば,監訳者としてこれに勝る喜びはありません。
令和 4 年 3 月 15 日

愛娘 彩の誕生日に,
真如堂と金戒光明寺の三重塔を眼下に望む,
元東伏見宮家別邸・吉田山荘の書院にて
木原雅子 木原正博

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