あなたならどう考える? 厳選症例で磨くClinical Problem Solving
重症患者診療における診断と治療の実践的な考え方を学べる一冊。重症患者の救命に必要な「迅速で正確な診断推論」を可視化し、「思考の軸」を鍛える。多様で判断が困難な症候に対しての向き合いかたや、限られた時間と情報で鑑別を絞るまでの思考過程を、厳選した21の症例を通して具体的に示した。集中治療医をはじめ、総合内科医、救急医の日々の診療に役立つ。
本書の使い方
Case 1 途絶えた指令:38歳男性。出張中の意識障害と高二酸化炭素血症性呼吸不全
Case 2 見えざる脅威:65歳男性。肺画像に異常を認めない低酸素血症性呼吸不全
Case 3 乱舞する血圧:46歳男性。数分周期の極端な血圧変動
Case 4 可愛いけど,可愛くない:45歳男性。急激な全身の紫斑と多臓器不全を伴うショック
Case 5 重要なのは症候? 検査?:29歳男性。難治性のてんかん重積状態
Case 6 注いでも,注いでも:53歳女性。インフルエンザ後の難治性ショック
Case 7 肺が白い。パターンを見抜け:60歳男性。肺びまん性陰影と低酸素血症性呼吸不全
Case 8 霞む肺,見えぬ敵:59歳女性。関節リウマチで免疫抑制剤使用中の低酸素血症性呼吸不全
Case 9 足りぬのは補充? 診断?:50歳女性。継続的に大量のカリウム補充を要した低カリウム血症
Case 10 次々と訪れる危機を乗り越えて:20歳男性。大量腹水と重度の肝機能障害
Case 11 予期せぬ暴走:30歳男性。ステロイドパルス療法後の興奮,そして昏睡
Case 12 下痢と貧血と,その先に:25歳男性。胃腸炎症状後の溶血性貧血と血小板減少
Case 13 選ぶもリスク,選ばずもリスク:75歳男性。循環作動薬や機械的循環補助不応のショック
Case 14 究極のclosed-ended question:35歳男性。繰り返す激しい吐き気と興奮状態
Case 15 違和感だらけの出血:39歳男性。脳出血と皮膚粘膜の出血
Case 16 人知れず仕事をさぼり,やめちゃった:25歳女性。慢性呼吸困難の急性増悪と高二酸化炭素血症性呼吸不全
Case 17 潮目を見極めよ:62歳男性。くも膜下出血後の多尿とナトリウム異常
Case 18 皮膚,脳,骨。どういう関係?:32歳女性。全身の皮疹,けいれん,多発骨折
Case 19 あれもこれも効かない:28歳男性。免疫抑制剤や生物学的製剤不応の持続的な発熱と全身性炎症
Case 20 感染と免疫の間で:76歳男性。免疫チェックポイント阻害薬で治療中のショック
Case 21 ERの魔の時間:82歳男性。胸水と低血糖を伴うショック
索引
序文
本書は,重症患者診療の最前線にいる医師の診断力向上に貢献したいという思いで制作しました。
重症患者の診療の成功には,診断と治療の両輪がうまく回ることが不可欠で,集中治療的な全身管理で患者の状態を支えながら,複雑な病態をさまざまな情報をもとに解き明かし,いち早く原疾患の根本的療に辿り着くことが重要です。診断が定まらなければ治療方針は揺らぎ,さまざま治療を重ねてもなかなか奏功せず,最悪,限界に至ります。臨床医は,焦り,不安,ときに絶望を感じ苦悩します。一方で,正しい診断がつき治療により患者の状態が改善したときにはとても報われた気持ちになります。そして,病態の解明,つまり診断には,集中治療的な生理学を中心とした知見と内科診断学の技術の両方をうまく活用することが極めて有用だと考えます。
集中治療では,身体診察,モニター,人工呼吸器,血液ガス,超音波検査などから得た生理学的指標を手がかりに,「血液分布異常性ショック」「肺胞低換気による呼吸不全」「capillary shunt+循環不全による低酸素血症」などと迅速に診断(判断)します。最終病名の診断ではありませんが,即時の治療介入につながり,根本原因の重要な手がかりともなります。そして同時に,原疾患の診断を行っていきます。内科的診断推論を軸に,病歴・身体所見・検査所見の情報を集め,さらに上記の情報も加えて鑑別疾患を分析し,絞り,可能なかぎり迅速に最終診断と根本的治療へ到達する。これが重症患者の予後を大きく左右する極めて重要なミッションだと考えます。
即応性を担う「集中治療の目」と,確定診断へ導く「内科診断学の目」。両者が絶え間なく相補するところに,重症患者診療の診断の質は高まります。ICU の現場では原疾患の診断をコンサルテーションに委ねることもありますが,最前線の医師やチームが両方の視点を備えることが理想です。最前線の臨床医が診断過程と主要鑑別の地図を共有していれば,診療の質は格段に向上します。探していないものは見つかりにくい。逆に,「何を探すか」を知れば,重要なサインに早く気づけます。例えば,「原因不明の多臓器不全でlivedo racemosa に気づき,劇症型抗リン脂質抗体症候群を疑う」「昇圧薬やステロイド不応性ショックの患者の背景に偏食と利尿薬の慢性使用の病歴をとらえ,ビタミンB1 欠乏を想起する」。その瞬間から,専門医と協働する場合も早期かつ的確となり,根本的治療の開始が前倒しされます。
本書では,多様な重症症例を通じて,患者の状態の安定化や全身管理に努めながら集中治療的視点と内科的診断推論を統合し,正しい診断をつけ,根本的治療へ結びつける実践的方法を解説しています。
以下が本書の特徴です。
【多様な重症疾患症例から学べる】
呼吸不全,ショック,電解質異常,意識障害,肝不全,免疫疾患など,集中治療で頻繁に遭遇する重症症例を取り上げています。多様な症例を通じ,幅広く診断力を養えます。
【診断の思考軸をきたえられる】
集中治療と内科診断学の考え方を駆使した思考の軸を示しています。症候や問題点に応じた鑑別診断の立て方,確認すべき病歴・所見,検査選択,治療開始のタイミングなど,治療を意識した一連の診断プロセスを学べば,今後の症例に応用できます。本書で最も身につけていただきたいのは,この診断の流れです。
【数多くの重症疾患の特徴を深く理解できる】
診断の流れを示すだけでなく,それぞれの鑑別疾患の特徴や,診断・除外に必要な具体的情報も可能なかぎり掲載しました。読み応えある情報量ですが,詳細に読んで知識の引き 出しを増やしていただきたいです。
【診断と治療の両方を学べる】
重症患者の診療では,「診断後に治療開始」とはかぎりません。安定化と全身管理を行いながら診断を進め,確定あるいは可能性の高い診断に応じて根本的治療へ移ります。診断と切り離せない治療の側面も解説し,同時に学べる構成としました。
【現場特有の葛藤と判断を追体験できる】
臨床は教科書どおりには進まず,診断未確定のまま副作用リスクを抱えて治療せざるを得ない場面も少なくありません。執筆者は,内科・集中治療に豊富な経験をもつ医師です。 その判断を紹介し,読者にも一緒に考えていただけるようにしました。
本書に収録された症例の約半数は,実際に多施設で症例検討を行ったものです。これに新たな症例を加え,オンライン会議やメールなどで執筆者と編者らが議論を重ね,妥協なく仕上げました。多忙の合間に尽力いただいた執筆者・査読者,複雑な内容を学びやすくまとめてくださった編集部に深く感謝いたします。
重症患者の回復と日常への復帰には,早期の正しい診断と治療が極めて重要です。本書が読者の診断能力を高め,ひとりでも多くの患者を救う一助となれば幸いです。
2025 年10 月
編者代表 植西憲達




























